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2008年5月11日 (日)

ペンテコステ(聖霊降臨祭)礼拝

Ca380101 今日は教会暦でいうと、ペンテコステ(聖霊降臨祭)です。主イエス様が天に昇られる前、弟子たちに「助け主」を送るとの約束をしてくださいました。使徒たちが祈りのためにひとつところに集まっていると、聖霊が天からくだりました。この時から、力が与えられ、全世界に宣教のわざがひろがっていったのです。ですから、このペンテコステは宣教のはじまり、教会の出発点でもあるのです。

Ca380103 今日は母の日でもありました。母の日は昔、アメリカの教会で亡き母をしたったある娘さんがカーネーションをかざったことからはじまったともいわれています。教会学校(ハレルヤタイム)のこどもたちは、今日は、母の日のカードをつくりました。絵が飛び出すカードをつくったのですが、みんな、それぞれメッセージやお母さんの似顔絵などを書いていました。

今日の礼拝では、エゼキエル書37章1~14節より「息よ、四方から吹いて来い」と題して小池牧師より説教がありました。

エゼキエルは分裂後の南ユダ王国が捕囚され滅亡する前後に遣わされた預言者です。すでに北イスラエル王国は、アッシリヤによって捕囚されていました。当時の南ユダ王国では、「北は滅んだが、自分たちは大丈夫、決して滅びない」という変な楽観主義がはびこり、不信仰と怠惰に満ちていました。それが、結局は、南ユダ王国もバビロンに捕囚されてしまいエルサレムは陥落してしまったのです。今日の37章はエルサレム陥落後の落胆したエルサレムが描かれています。絶望した民に、希望のことばが預言されています。それは、再びイスラエルに戻るようになるという約束でした。

①わたしたちも、かつては墓の中の死人のようであったのにイエス・キリストによって救われたものです。それなのに、それを忘れて、楽観主義に陥っていないでしょうか。サマリヤの人とは違うと思った南ユダの人のように、世の中の人と比べそれに比べたら自分はましなのだと考えてはいないでしょうか。

②肉体があっても主の御霊が宿らなければ、それは生きたものとはなりません。今、主の息がなければ(魂の救いがなければ)それはむなしいものです。主と息のあった関係になっていますか。「干からびた骨」のようになってはいませんか。

③主なる神様は、「干からびた骨」でさえ生き返らせることができるお方です。わたしたちは、もう一度、回復される必要があります。主の御霊によって生きかえる必要があります。

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5月23日(金)午前10時より11時30分まで子育て講演会「ほどほど子育てのすすめ」 (講師:池本ふみこ先生 三鷹教会牧師夫人)があります。

茶菓つきで500円です。お子さん連れも歓迎します。お問い合わせ、お申し込みは、新船橋キリスト教会まで。

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新船橋キリスト教会 電話047-432-0630

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