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2008年3月30日 (日)

今日の礼拝

Img_0515 Img_0518 今日は墓地を共有する近隣5教会の講壇交換がありました。新船橋キリスト教会には市川福音キリスト教会牧師であり、東京基督神学校校長の山口陽一先生がみことばのとりつぎをしてくださいました。(以下は説教をブログ筆者がかきとめてまとめさせていただきました。)

説教の聖書箇所はホセア書1章9~10節、ペテロの手紙第一2章3~10節でした。ペテロの手紙第一は、ペテロから小アジヤの「散って寄留している」「選ばれた人々」へむかってかかれた手紙です。迫害されてエルサレムから散っていた人々は、安定とは程遠い、困難や苦しみがあったでしょうが、心は喜びに満ちていました。新船橋キリスト教会も、新会堂をえて、安住したかのようですが、実はこの世にあってはまだ寄留しているのです。目指すのはまだ先、私たちが集まるのは天の御国なのです。

それでは、寄留している地上の教会は何のためにあるのでしょうか?

「あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。」ペテロⅠ2:10

神の民でない者が神の民とされるということは旧約聖書から記されていることでもあり、これは、あたり前でない神様のご計画です。神の裁きが与えられるはずの人がゆるされること、これはあわれみ、恵みなのです。私たちが受けるべき裁きをイエス・キリストが受けてくださったのです。

自分たちが何者であるか、地上の教会が何であるか、それは、あわれみのゆえに存在するものなのです。あわれみを受けた私たちがその喜び、感謝を表すのにしすぎはありません。なんとかして、そして、あらゆる方法で、受けた恵みを表していきましょう。そして、それを用いて働いてくださるのは主ご自身なのです。

山口師をかこんで昼食後、トラクト配布にでかけました。説教のなかでも、先生は、神様から受けた驚くべきあわれみの喜びをあらわす方法はいろいろありますが、あらゆる方法を用いていきましょうと、励ましてくださり、先生もともに参加してくださいました。小さな群れには大きな励ましとなりました。向かう途中で、馬込沢キリスト教会での説教奉仕を終えて戻ってきた小池牧師とも合流し、塚田駅周辺地域にトラクトを配ることができました。今回は、今まであまり配ることのなかった地域にもいくことができ、感謝でした。小さな小さな働きですが、神様のあわれみと恵みを受けている感謝をあらわすことができることは大きな恵みなのだとあらためて実感するひとときとなりました。

cloverdownwardleft教会へのお問い合わせは下記までお願いしますmailto

shinfuna-church@nifty.com

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2008年3月23日 (日)

イースター礼拝

イースターおめでとうございます!!

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イースターは、クリスマス(キリスト降誕祭)ペンテコステ(聖霊降臨祭)とならんで、キリスト教の大きな喜びの時です。主イエス・キリストが復活したことを祝う復活祭です。

今朝は、イースター礼拝の前に、こどもたちを対象とした、イースターエッグハンティング(たまごさがし)をしました。会堂のあちらこちらにいろいろな袋や箱にかくされた卵(今年は卵型のカプセルにお菓子がはいっているものを用意しました)をみんなでさがすのです。以前、教会のこどもの集会などにきてくれた子には招待状をだしてありました。それをみて、12人のこともだちがあつまりました。楽しく、たまごをさがした後は、イースターのお話をききました。

今日の礼拝はおとな、こども合同のイースター礼拝でした。今日は聖歌隊の特別賛美や、キャンプに行った姉妹のあかしなどがありました。

礼拝後は、恒例のもちより愛餐会がありました。

「あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。」  マルコ16章6節

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2008年3月16日 (日)

今日の礼拝

Img_0488 今日は教会暦でいうと、棕櫚(しゅろ)の主日です。今日から受難週にはいり、イエス・キリストが十字架の苦しみをおってくださったことを思いながらすごす時です。そして、今週の金曜日が受難日、来週23日は復活祭(イースター)となります。クリスマスとならぶ教会の最も重要な季節ともいえるでしょう。

今日の礼拝では、イザヤ書50章より「神である主が、私を助ける」と題して、小池牧師より説教が語られました。この50章には十字架の苦難のイエス様を預言する箇所があります。

「私は逆らわず、うしろに退きもせず、打つ者に私の背中をまかせ、ひげを抜く者に私の頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、私の顔を隠さなかった。」イザヤ書50章5~6節

これは、イエス様の姿そのものです。そして、わたしたちもこのイエス様のお姿のように、従順な主のしもべとなりたいものです。

わたしたちが、輝いていけるのは、主の輝きを反射して生きる時です。主の光をいただいて、その御名に信頼して歩んでいきましょう。

来週の礼拝はイースター礼拝です。大人もこどももいっしょに礼拝をします。また、その礼拝に先立って、朝9時15分からイースター エッグハンティング(たまごさがし)があります。ぜひ参加してくださいhappy01

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2008年3月 9日 (日)

今日の礼拝

Ca380092 今日の礼拝では、詩篇51篇1~12節より「私を罪からきよめて下さい」と題して、小池牧師より説教がありました。

偉大な信仰者としても知られるダビデ王がおかした罪はあまりにも大きな罪でした。他人の妻をうばい、その夫を戦地に出向かせて殺してしまったのです。その罪を預言者ナタンに指摘され、悔い改めたダビデの祈りが今日の箇所です。

このダビデの罪は非常に衝撃的なもので、わたしたちにはかけ離れているように思えるかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか。わたしたちのおかす罪とダビデの罪は異なるのでしょうか?神様の目に罪の大小はありません。

ダビデは「私はあなた(神様)に、ただあなたに、罪を犯し」と悔いています。私たちは隣人との関係で悩み、また、罪をおかしますが、本当に大切なのは、実は、神様との関係なのです。神様とのいのちの関係が構築できなければ、私たちはこの世の波風に翻弄されてしまいます。こんな私でさえも。受け入れて愛をもって救ってくださった主にたちかえりましょう。

来週は受難週をむかえます。

「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」詩篇51:17

本日で、一年間実習奉仕をしてくださった菊地姉、竹本姉が実習を終えました。ありがとうございました。

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2008年3月 2日 (日)

今日の礼拝

Ca380091 今日の礼拝では、ヨハネの福音書14章25~31節より「キリストの平安を受けよ」と題して小池牧師より説教がありました。

「立ちなさい。さあ、ここから行くのです。」ヨハネ14:31

14章の最後のこのみことばは印象深いです。しかし、まだ、イエスさまの弟子たちへの言葉は15章にも続いています。まだ出発する物理的状況ではないようですが、不安と恐れの中で心を騒がせている弟子たちの状況の中で、さあ、いっしょに出発しようと励まされるイエス様の愛があります。わたしたちに恐れずにいくように命じる力がイエス様にある確かな理由があります。

①イエス様がおくってくださった助け主なる聖霊は、みことばを私たちに思い起こさせてくださいます。

②イエス様はご自分の平安をお与えになると約束してくださいました。これはキリストの平安です。これは決してとりさられることのない平安です。

③イエス様は、くりかえし、「必ず戻ってくる」と約束してくださいました。一時的に望みを失うことはあるかもしれない、しかし、必ずよみがえりの主が再びこられます。

わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。・・・あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」ヨハネ14:27

わたしたちの教会で2年間にわたり実習奉仕をしてくださった天願兄は、今日で実習を終えました。ありがとうございましたclover

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